大判例

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東京地方裁判所 平成5年(レ)202号 判決

控訴人

櫻庭喜代巳

右訴訟代理人弁護士

古川景一

被控訴人

田園都市開発株式会社

(旧商号)

エイ・エス・エス株式会社

右代表者代表取締役

塚本三千一

右訴訟代理人弁護士

伊藤嘉章

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  申立て

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  控訴の適否について

(控訴人)

1 原判決は、平成元年四月一九日に言い渡され、同月二一日に公示送達の方法によりその正本が控訴人に送達され、二週間の控訴期間が経過した。しかし、原審の訴訟手続は、控訴人の住居所が不明であるとして、控訴人に対する送達はすべて公示送達の方法によって行われたものであるところ、公示送達許可の裁判は以下のような事実関係の下でされたものであって、控訴人は、その責めに帰すべからざる事由により本件訴訟の提起、審理及び判決の言渡しを全く知ることができなかった。

(一) 被控訴人は、控訴人(第一審被告)に対し、その住所地を三鷹市下連雀七丁目九番一二―九三号(以下「三鷹市の住所」という。」として、後記二1の請求原因を主張して本件訴訟を提起し、原審裁判所は、右住所宛に訴状副本及び口頭弁論期日呼出状の特別送達を行ったが、送達不能で返戻された。

(二) そこで、被控訴人は、原審裁判所に対し、昭和六三年七月二八日付け上申書を提出して、控訴人の住所が府中市若松町四丁目五番地の一六(以下「府中市の住所」という。)である旨申し出た。さらに、被控訴人は、昭和六三年一一月二一日付け上申書を提出して、府中市の住所地に控訴人の建築した小屋が存在し、これに郵便受箱が設置されていること、控訴人がかつてここに居住していた事実があるが、調査日現在居住しておらず所在不明であることを報告した。原審裁判所は、結局この住所地に対する送達をせず、被控訴人の申立てにより、昭和六三年一二月一日、公示送達を許可し、関係書類を公示送達の方法で送達して審理を遂げ、平成元年四月一九日、被控訴人勝訴の原判決を言い渡した。

(三) しかし、控訴人は、本件訴訟の提起前、遅くとも昭和六一年七月から現在に至るまで府中市の住所又は肩書住所地である府中市若松町四丁目五番地の二二と表示される同一の場所に所在する建物に居住しており、右建物には、控訴人宛の各種の郵便物も届いている。したがって、原審裁判所において右住所地に送達がされていれば、控訴人は適切な応訴活動をすることが可能であった。

(四) もっとも、府中市の住民票(除票)には、昭和五九年七月二六日に三鷹市の住所から府中市の住所に転入した後、昭和六一年四月三〇日に再び三鷹市の住所へ転出した旨の記載があり、また、三鷹市の改製原住民票には、昭和六一年四月三〇日に府中市の住所から三鷹市の住所に転入した旨の記載がある。さらに、昭和六一年一一月二五日に三鷹市の住民票が改製され、改製後の住民票(除票)には、昭和六三年五月一二日に三鷹市の住所での住民登録が実態調査により職権消除された旨の記載がある。しかしながら、控訴人は、昭和六一年四月三〇日に府中市の住所から三鷹市の住所へ住所を移転したこともその旨の届出をしたこともないのであり、右届出は控訴人の全く関知しないところでされたものである。

(五) 控訴人は平成五年に至り、国民健康保険の関係で府中市役所を訪れた際に、課税台帳上は別紙物件目録一及び二記載の各土地(以下「本件土地」という)が控訴人の所有名義になっていないことを知らされ、金子司法書士に相談した。同司法書士は控訴人から被控訴人への所有権移転登記の登記申請書を調査し、立川簡易裁判所及び武蔵野簡易裁判所にも照会したが、右当事者間の訴訟事件の有無については判明しなかった。そこで、同司法書士は控訴人代理人である古川弁護士に相談し、同弁護士は、控訴人の訴訟代理人として、平成五年七月八日、本件土地に関して所有権移転登記抹消登記手続請求訴訟を提起し(当庁平成五年(ワ)第一二六〇八号)、同年九月一〇日、答弁書等を受領して原判決の存在を知った。そして、同弁護士は、同月一三日、武蔵野簡易裁判所で本件訴訟の記録を閲覧して、訴訟手続の経緯を知り、同月一四日に控訴人の訴訟代理人として本件訴訟を提起した。

2 よって、控訴人には、控訴期間内に控訴提起を行うことができなかったことにつき、責めに帰すべからざる事由があるから、控訴を追完した上、原判決を取り消し、被訴訟人の請求を棄却するとの判決を求める。

(被控訴人)

控訴人の控訴の適否に関する主張は争う。

二  本案について

1  被控訴人の請求原因

(一) 被控訴人(昭和五〇年一一月一一日田園都市開発株式会社からエイ・エス・エス株式会社に商号変更、平成三年五月二一再び田園都市開発株式会社に商号変更)は、昭和三八年四月ころ、控訴人に対し、本件土地を含む別紙物件目録三及び四記載の各土地(以下「本件売渡土地」という。)を売り渡した。控訴人と被控訴人は、右売買に際し、将来本件売渡土地の一部分だけが東京都に買収されたときは、控訴人は被控訴人に対し、買収されなかった部分の土地を売り渡すこととし、右再売買の予約完結権を被控訴人に与え、売買代金は予約完結権行使時の時価とする旨合意した。

(二) 昭和四三年一〇月八日、本件売渡土地の一部が東京都に買収され、本件土地が買収されずに残った。

(三) 被控訴人は、控訴人の住所を知ることができなかったので、平成元年一月一七日、前記再売買代金として、昭和六三年度の固定資産税評価額及び国税庁路線価評価額を参考にして算定した時価相当額である一七六万円を弁済供託し、同代金をもって本件土地を買い受ける旨の予約完結の意思表示を公示の方法によって行い、右意思表示は平成元年二年二七日の経過により控訴人に到達したものとみなされた。

(四) よって、被控訴人は、控訴人に対し、本件土地につき、右再売買の予約完結権の行使に基づく平成元年二月二八日売買を原因とする所有権移転登記手続及び引渡しを求める。

2  請求原因に対する控訴人の認否

請求原因(一)の事実中、被控訴人主張の再売買予約の合意が存在した事実は否認する。

3  控訴人の抗弁

(一) 被控訴人は、本件売渡土地の一部分が東京都に都道として買収された昭和四三年一〇月八日から、再売買予約完結権を行使し得たにもかかわらず、その後一〇年が経過した昭和五三年一〇月八日までに行使しなかった。

(二) 控訴人は、本件控訴状により、再売買予約完結権の消滅時効を援用する。

4  抗弁に対する被控訴人の認否

本件売渡土地の一部分が昭和四三年一〇月八日に東京都に買収されたことは認める。

第三  証拠

本件訴訟記録中の原審及び当審における書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  控訴の適否について

1  原、当審における本件記録によれば、被控訴人は、昭和六三年六月二五日、控訴人に対し、武蔵野簡易裁判所に本件訴訟を提起し、同年一一月三〇日、控訴人の戸籍謄本、戸籍附票(昭和五九年七月二六日府中市の住所に、昭和六一年四月三〇日三鷹市の住所にそれぞれ住所を定めたが、昭和六三年五月一二日職権消除された旨の記載がある。)、三鷹市の住民票(除票)(昭和五九年七月二六日府中市の住所へ転出した旨の記載がある。)、府中市の住民票(除票)(昭和六一年四月三〇日三鷹市の住所へ転出した旨の記載がある。)、三鷹市の改製原住民票(昭和六一年四月三〇日府中市の住所から転入した旨の記載がある。)、三鷹市の住民票(除票)(昭和六三年五月一二日実態調査により職権消除された旨の記載がある。)、元妻櫻庭カツ子及び三女明美の三鷹市の住民票(世帯主をカツ子とする三鷹市下連雀二丁目一四番三八号やよい荘五の住所には控訴人は登録されていない。)及び上申書(原審における被控訴人代理人がカツ子方を訪問したが控訴人の住所についての手掛かりは得られなかったこと、府中市の住所を訪問したところ高さ二メートル五〇センチ位の鉄パイプのやぐらの上に長さ二メートル余、奥行き一メートル余、高さ一メートル五〇センチ位の囲い小屋があったが、隣家の住民の説明によると控訴人は昔ここに住んでいたものの今は住んでおらずトラックの上に小屋を作って生活しているとのことであったなどの記載がある。)を提出して、公示送達の申立てを行ったこと、原審裁判所は、昭和六三年一二月一日、右申立てを許可し、本件訴状副本及び口頭弁論期日呼出状等が公示送達の方法により控訴人に送達され、控訴人不出頭のまま審理がされた結果、平成元年四月一九日、被控訴人勝訴の原判決の言渡しがされ、公示送達の方法により判決正本の送達がされ、送達の効力は平成元年四月二一日に発生したこと、控訴人は、平成五年九月一四日、本件控訴を提起したことが認められるから、本件控訴は控訴期間経過後の控訴であることは明らかである。

しかしながら、他方、証拠(乙一ないし三、五の1、3、六ないし八、当審における控訴人本人)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、控訴人は、昭和三六年ころから三鷹市の住所にある都営住宅に妻のカツ子や娘らとともに居住していたが、昭和五八年一一月ころ、カツ子らは右都営住宅から出て行ったこと、控訴人は、昭和五九年二六日、三鷹市の住所から府中市の住所に住民票を移転し、遅くとも昭和六一年一月ないし二月ころから府中市の住所にある本件土地上に自ら築造したコンテナ状の建物に居住し始めたこと、その後、控訴人は現在に至るまで入院期間中や職場の土木作業場に泊まり込みで作業をしている間に不在であったことがあるほかは、本件土地上の建物に居住していたこと、控訴人の戸籍附票及び住民票には、昭和六一年四月三〇日、府中市の住所から三鷹市の住所へ住所を移転した旨の記載がされているが、三鷹市の住所にある前記都営住宅については、控訴人は、東京都から明渡しを求められ、昭和六一年二月ころまでに明け渡しを完了しており、その後控訴人が三鷹市の住所に居住したことはなく、右のような住所の移転の記載は、控訴人が全く関知しない間にされたものであること、控訴人の三鷹市の住所での住民登録は、昭和六三年五月一二日に、実態調査によって職権消除されたこと、控訴人の居住する府中市の住所の建物には郵便受けが設置され、健康保険料や地方税法上の自動車税などの納入請求書が府中市から郵便で送付されていたことはもとより、控訴人宛の一般郵便も府中市の住所に届いていたこと、控訴人は、平成五年に国民健康保険の件で府中市役所に赴いた際に本件土地が控訴人の所有名義になっていない旨聞かされ、金子司法書士及び同人から紹介を受けた古川弁護士に相談し、本件土地が被控訴人の所有名義となった経緯について右両名により調査が進められたが結局判明しなかったところ、控訴人が古川弁護士を代理人として被控訴人に対し提起した本件土地の所有権移転登記抹消登記手続請求訴訟において、平成五年九月一〇日、被控訴人から答弁書を受領し、初めて原判決の存在を知るに至り、同月一三日、古川弁護士が武蔵野簡易裁判所で記録を閲覧して原判決が公示送達の方法で控訴人に送達されていることが判明したことが認められる。

右の事実によれば、原審裁判所において公示送達の方法がとられたのは、昭和六一年四月三〇日の府中市の住所から三鷹市の住所への転出届がされ、その後三鷹市での住民登録が職権消除されたため、控訴人の住所が住民票等の書類上不明となり、被告である控訴人について民訴法一七八条一項所定の要件を具備しているものと判断したからであると考えられる。しかしながら、右の三鷹市への転出届は控訴人が全く関知しない間にされたものであることは前示のとおりであるばかりでなく、控訴人は、原審裁判所で本件訴訟の手続が行われていた当時、控訴人が昭和五九年七月二六日に住民登録をした府中市の住所にある建物に居住し、右住所には控訴人宛の郵便物が届いていたのであり、また、控訴人は本訴請求の対象とされている土地上に居住していたのに、被控訴人からの接触等が行われた事実は窺われないのであるから、控訴人が、本件訴訟が提起され原判決の言渡しがされたことを知らなかったとしても、やむを得なかったところというべきである。したがって、控訴人がその責めに帰すべからざる事由によって控訴期間を遵守できなかったというべきであり、控訴人は原判決の判決正本が公示送達の方法により送達されたことを知った後一週間以内に本件控訴を提起したことは前示のおりであるから、右控訴の提起は適法である。(なお、原審における公示送達は、被控訴人の提出した前示資料をもとに裁判官の許可に基づいてされたものであって、もとより有効なものである。)

二  本案について

1  被控訴人主張の請求原因事実は、再売買予約の合意の点を除き、控訴人において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

2  そこで、本件土地に関する右再売買予約の合意の成否についてみるに、これを認めるに足りる的確な証拠はないばかりでなく、この合意の成立を一応前提にするとしても、抗弁事実のうち、本件売渡土地の一部分が東京都に都道として買収されたのが昭和四三年一〇月八日であることは当事者間に争いがない。そして、被控訴人は、右都道買収時には、他に特段の事情がない限り、買収残地として特定された本件土地につき再売買の予約完結権を行使することができたものと認めるのが相当であり、特段の事情につき主張・立証のない本件においては、その時から再売買予約完結権の消滅時効が進行したものというべきところ、その後一〇年が経過したこと及び控訴人が本件控訴状により右時効を援用したことは当裁判所に顕著であるから、抗弁は理由がある。

3  そうすると、被控訴人の請求は理由がなく、棄却を免れない。

三  結論

よって、被控訴人の請求を容認した原判決は不当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官篠原勝美 裁判官定塚誠 裁判官岡崎克彦)

別紙物件目録〈省略〉

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